呪われた王子 3




 どこを探すべきなのか。
 ウィズから探すように言われ、部屋を出たはいいものの、まだ宮殿内部の部屋の位置関係も何もほとんどといっていいほど把握していないのである。
(部屋をひとつひとつ調べていくというのも何かなぁ・・・それとも、もう本当に宮殿の外に出てしまったのかな)
 だとしたら、もっと大変だ。
(でも・・・・)
 もしもすでに宮殿の外にいるのだとしたら、ひとつだけ、手掛かりと呼べるようなものはあった。
「黒猫亭、か―――」
 アーシェは、さっき上がってきた階段を駆け降り―――かけて、足を止めた。ちょうど王妃が3人の侍女を従えて階段を上がってこようとしていたからだ。
「まあ、アーシェ」
 王子と同じ色の瞳を細め、微笑んだ王妃にアーシェは頭を下げた。
「あなたの部屋へも使いを出したのだけれど、ここで会えてちょうどよかったわ。今からクラウスの部屋でお茶会を開こうと思っているの。あなたもいかがかしら?」
 アーシェは数秒迷った末に、口を開いた。
「クラウス王子はいらっしゃいません。急な御用事ができたとかで、外出されました」
「急な、用事?」
 王妃が首を傾げ、次に胸に手を当てて目を閉じた。
「王妃様っ」
「・・・王妃様?」
 三人の侍女が上げた悲鳴に近い声と、疑問形のついたアーシェの声に答えるように、ため息をひとつついてから王妃が目を開ける。その瞳には先ほどまであった喜びはなく、悲しみが浮かんでいた。
「また、抜け出したのですね。そうなのでしょう?」
 ――――――あのバカがっ!!なんでこんなことばっかりするんだ!
 さっきウィズが叫んだことと王妃が今言ったことが重なって聞こえた。
「私は・・・今からクラウス殿下を探しに行きます」
「あの子は、王にならねばならないのです。どうか、頼みます」
 深々と礼をした王妃に、アーシェももう一度礼を返して階段を駆け降りた。
 宮殿の外に走り出たアーシェが向かったのは、城門だった。城門へ続く道は、緩やかなカーブを描く石畳である。道は左右にも枝分かれしていて、両側にある庭園に続いていた。庭園では、貴族たちがお茶会を開いているようだ。あちこちに置かれている小さなテーブルにはお茶のセットが置かれている。ここでもほとんどの貴族の令嬢たちは扇子を片手に持っていた。クラウスの姿がどこにもないかと左右を見回すと、お茶会をしている貴族たちを見ることにもなる。アーシェは合わせるつもりはなかったのだが、お茶会を楽しんでいた一人の令嬢と目が合ってしまった。その令嬢は、片手に持っていた扇子でさっと口元を隠し、隣の貴族に何かを囁いた。その貴族は、さらに隣に座っていた令嬢に何かを囁く。
(・・・脚?)
 彼らの視線は、アーシェの脚に集中しているようだった。
 ふと、ひらめく。
(短すぎるんだ)
 アーシェに用意されていたこの服は、彼らにとって奇妙なものに移るのかもしれない。少なくとも、スカート部分の丈の長さに関しては。考えてみれば、令嬢たちの着るドレスの丈はどれも長く、アーシェのように脚が見えているものはひとつもない。
(少なくとも、私にとってはこの服のほうがいいんだけど)
 まだ、ふわふわのレースの感触には慣れないけれど。
(あんな長い丈のドレスで走ったら走りにくいだろうし、邪魔になるだろうし)
 ドレスを着たことのないアーシェにとって、それは想像でしかないのだが。
 そんなことを考えながらも、生垣や彫像のほうへ目を走らせる。
(やっぱり、もう外へ)
 あきらめかけたそのとき、城門まであと数歩というところの、すぐ近くにある生垣が不自然に揺らめいたのをアーシェは見逃さなかった。揺らめいたその一瞬に、クラウスの気配を感じ取ったのだ。アーシェはその場所まで近づいた。
「殿下」
 声をかけたが、何事もなかったかのように静まりかえっている。
「私は殿下の教育係だそうですね」
 何もないところへ向かって話をするのは、傍からみればおかしな光景ではあるが、アーシェは続けた。ここには貴族もいない。
「教育係として申しあげます。今すぐ出てきてください。王になる方が、つまらないことに魔法をお使いになるのはどうかと思います。それに、ウォーリアさんの体力がもっても、気力がいつまでもつかわかりませんし」
 クラウスは、沈黙を保っていた。アーシェは腕組みをして息をついてから空中の一点を見据え、口を開く。
「おそらく、殿下の戻られる予定の時間までウォーリアさんはもちません。ですから」
 アーシェはそこで言葉を切って、クラウスの使っている魔法とは逆の効果を持つ魔法の呪文を素早く唱えた。
「殿下には今すぐお部屋へ戻っていただきます」
 ぐにゃり、と空気が歪んだ。嫌そうな顔をしたクラウスがアーシェのすぐ目の前に現れた。持っていったはずの黒いローブは着ていなかった。
「ウィズよりも早いかもな・・・呪文詠唱」
 ずるずると音が出そうな勢いで、クラウスが生垣に背中を押しつけ、芝生の上に崩れるように座る。クラウスの周りには、無残にも生垣から千切れてしまった葉っぱが何枚か散らばっていた。
「えっ、殿下?」
 尋常でない様子のクラウスの隣にあわてて駆け寄って確認すると、顔が少し青ざめている。
「慣れないものを使いすぎた。集中は体力を使う」
 独り言のように呟いて、クラウスがこちらを見上げる。顔にも、特に目に疲れがにじみ出ていた。青い瞳はどこかぼんやりとしている。
「誰か人を呼んで」
「いや、いい。面倒だ」
 そう言ってクラウスはアーシェから視線を外した。空を見上げて目を閉じる。
 暖かい風が、クラウスとアーシェの髪を撫でていった。



(ええと・・・)
 少しだけ話してまた黙ってしまったクラウスに、アーシェは困惑していた。瞼が時々揺れているということは眠ってはいないのだろうが、クラウスが目を開けて立ち上がる様子はない。
「・・・座っていい。まだしばらくはここにいる」
 目を閉じた状態でクラウスが言った。
「はい。・・・失礼します」
 アーシェはクラウスの隣に―――とはいっても3歩ほど離れた位置だが―――に座った。二人の目の前には生垣があり、その向こうからは貴族たちが談笑する声が微かに聞こえてくる。何を話しているのかはよくわからないし、特に興味もない。
 アーシェは、きょろきょろと周囲を見回した。見回しても生垣がずっと続いているだけでそれ以外には何もないのだが―――
「リアン王の」
 さっき聞いたばかりの名前が、隣から聞こえた。
 アーシェは慌ててクラウスを見たが、クラウスは目を閉じたままだ。唯一動いたのは唇。
「リアン王の妻は、魔女だった。・・・クーランジェほどの力はなかったが、魔女だったらしい」
「・・・はい」
 なぜ、急にクラウスの口からリアン王の名が出たのか、アーシェにはわからなかった。
「王妃は――――魔女だった」
「はい」
 クラウスは薄く目を開けた。
「王妃は呪いの形を変えた。死ではなく眠りへと」
「眠り・・・?」
「――――さっきの続きだ。途中までだっただろう」
 そこまで言うと、クラウスはのろのろとした動作で立ち上がった。
「面倒になってきたから戻る」
 さっさと歩きだしたクラウスの顔色はまだ悪かった。
「あの、もう少し休んだほうが」
「いい。自業自得というやつだ。それぐらいはわかっている」
 なら、なぜ。という疑問がアーシェの中に浮かんだが、口にはできなかった。
 聞いてはいけないようなそんな気がしたからだ。



 

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