呪われた王子 2




 ページがめくれると同時に、アーシェの目の前に二体の像が現れた。半ば透き通っているそれもまた、ウィズの魔法によって作り出されたものである。
 一体は、鎧を身にまとった男で、もう一体はローブを風にはためかせた女の像だった。男の視線は上に向かって伸びていて、女の視線はそれとは逆に下へ向けられていた。
「男のほうは、リアン。シェルサード王国の初代の王だ。女は、クーランジェ。リアンが領土を広げる際に捕らえた他国の魔女らしい」
 アーシェは、ウィズの隣に置いてあった椅子を引っ張り出して座った。
「リアン王の時代は、各国が領土を奪い合っていた。いくつもの国が生まれ、消えていった時代だったらしい。そんな中、リアン王が最も苦戦したのがクーランジェがいた国だった」
 リアンとクーランジェの像が消え、代わりに浮かび上がったのはリアンが戦場を馬で駆ける絵と、妖しげに微笑むクーランジェの絵だった。クーランジェの足元には、苦しげな表情を浮かべて天に手を伸ばす人々が描かれていた。
「クーランジェは、強い力を持っていた。リアン王によって滅ぼされた国の政治に関わるほどの影響力を持っていたという」
 クーランジェの絵が別のものと入れ替わった。リアンにひざまずき、許しを請う姿に。
「クーランジェは、最後までリアン王に抵抗したが結局は捕らえられて処刑された。――――その瞬間から、長く続くひとつの問題が発生したんだ」
 すべての絵が消えた。絵だけではなく、本も消えて―――
「クーランジェは、処刑の間際に呪いの言葉を残した。ブランジェット王家の王子は18歳になることなく、死ぬだろう、と」
 アーシェは、スッ、と冷たいものが横を通り抜けていったような感覚を覚えた。呪いの種類は数多くある。人間の少女たちが知りたがるおまじない程度のものから、命を奪うものまで。しかし、呪いも所詮は魔法なのだ。高度になればなるほど、多くの材料や道具、複雑な手順が必要になる。クーランジェという魔女は、それを要しないほどの力を持っていたということなのだろうか。
 ウィズは遠くを見ながら続けた。
「誰もこの魔女の呪いを信じていなかった。もしも、俺がその場にいたとしても信じなかっただろう。―――しかし、3人の王子のうち2人の王子が18歳の誕生日を迎える前に次々と亡くなり、リアン王は信じざるをえなくなった。状況を変えたというか、方向を変えたのが王妃だ。2人の王子が次々と亡くなったことで、王妃も何か思うことがあったんだろうな」
「王妃は―――」
「そう、魔女だった。初代王の妃は、クーランジェほどの力はなかったとされているが、確かに魔女だったんだよ」
 ウィズの声に混じって、誰かが囁いているような声が聞こえてきた。早口で囁いているそれが何なのか、アーシェにはすぐにわかった。
(でも、どっちが?)
 クラウスとウォーリアを交互に見る。
 わずかにクラウスの口元が動いた。
「クラウス・・・」
 ウィズが、不機嫌そうに呟く。クラウスは、唇の両端を持ち上げてみせた。部屋の中に一気に魔力が満ちる。
「いきなりは―――」
「というわけで、後は頼んだぞ。ウォーリア」
 ウィズの言葉をさえぎり、クラウスがにっこりと極上の笑みを浮かべながら机の前に立つウォーリアの右手に触れた。
「え?うわわわっ?!」
 光の帯が、ウォーリアの右手にからみついて消える。そのとき浮かび上がった魔法陣の内容に、アーシェは目を見張った。決して高度なものではなく、だからといって初心者が使えるものでもなかったが―――
ひどく馬鹿馬鹿しかったのだ。
「何ですか?!今の」
「・・・あー――――」
 急な目まいに襲われたときにそうするように、額を押さえるウィズの横で、アーシェはじーっとウォーリアを見つめた。
「何か、いやな予感がするんですが・・・お二人の様子を見ていると・・・」
 ウォーリアの声が弱々しくなっていく。
「じゃあな。夕方までにはたぶん戻る」
「おい、クラウス!」
 ウィズは怒鳴ったが、どこからか取りだした黒いローブを抱えて窓からするりと外へ出て行ったクラウスを引きとめることはできなかった。
「あのバカがっ!!なんでこんなことばっかりするんだ!」
 クラウスはあっという間に遠くへ走り去っていく。
「ええと、ウォーリアさん。とりあえずそこの椅子に座ってください」
 アーシェはさっきまでクラウスが座っていた椅子を指差した。
「え、でも」
「今はその椅子に座るのが一番いいんです」
 クラウスがウォーリアにかけた魔法は、時限付き。通常は発動までの時間を長めに設定するのだが、今回の場合は、あまり時間の猶予がない。
「わ、わかりました」
 ウォーリアがおそるおそるといった様子でクラウスの椅子に座った。
 5。
 4。
 3。
 2―――1。
(たぶん、もう発動するかな・・・)
 アーシェは、心の中でカウントしながらため息をついた。
「あ――れ?」
 ウォーリアの右手が不自然に動いた。右手はペンを握り、そして。
「な、なんで?!」
 彼の右手はさっきまでクラウスがサインしていた舞踏会への招待状へと動き。
「ど、どうしよう!」
 勝手にサインしたのだ。
「大事な招待状なのに!」
 アーシェはまだ何もわかっていないウォーリアの前に行くと、サインを指差した。
「心配しなくても大丈夫です。そこにサインしたのはあなたの名前じゃなくて、クラウス殿下の名前ですから」
「・・・筆跡もそのままなやつだ。その点も心配いらないぞ。」
 疲れ切った声でウィズが付け足す。
「え?あ、本当だ」
 ウォーリアがホッとしたように呟いた後、もうひとつの問題点を口にした。
「でも、止まりませんね。これ」
 ウォーリアは、クラウスのサインが入った招待状を次々に書き上げていた。
「まあ、そういう魔法ですから・・・」
「うん。そうだな」
 ウォーリアには見えないだろうが、動き続ける右手には魔法陣がはっきりと浮かび上がっていた。10の魔法陣が重なっているため、見た目には複雑に見える。
「アーシェ」
「はい」
「今日はお前があいつを連れ戻せ」
「今日は?それってどういう――」
「戻ってくるまで、面倒くさい解除(ほう)は俺が引き受けるから。・・・何か疲れた。見つけたら引きずって連れてきてもいいぞ。宮廷魔術師は教育係でもあるからな」
「・・・教育係ってそこまでやるんですか?」
「普通はしないし、そこまでする必要もない。でも、クラウス(あいつ)は一筋縄じゃいかない。――じゃ、任せた。城下にいるとしたらたぶん酒場あたりだ。それか、『黒猫亭』」
 ウィズは疲れた、ともう一度呟くと椅子に座りこんだ。
 部屋の中にはウォーリアがペンを走らせる音が響いている。魔法による強制的なものだとはいえ、招待状にサインしていることに変わりはない。ウォーリアの顔はひどく緊張していた。
「―――じゃあ、行ってきます」
 ウィズが頷くのを横目に、アーシェは部屋の外へ出た。



 

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