力なき者 1




王宮の奥深く。
 限られた者しか立ち入りを許可されていない部屋がある。
 隠されているも同然のためか、そこへ至るまでの道は細く、暗い。明かりを持たねば一歩も進めぬほど。
 部屋に不用意に入らぬよう、王宮内の臣下は誰ひとり配置していない。
 しかしながら、塵やほこりにまみれていたことは一度もなかった。
 もしも道を清めることができるとしたならば、カレンの知る限りでは一人しかいない。


 ――――ああ、ごめん。彼は、『守人』だ。名前は―――ないんだ。


 不意に、自らの内から聞こえてきた声に、カレンは息を一瞬止めた。
 霧が晴れていくかのごとく、脳裏でその人の姿が鮮やかになる。
 心の奥底の『箱』に閉じこめておいた、彼の姿―――――




 光を浴びれば輝く銀の髪は、上質な糸のように柔らかだった。
 整った顔立ちの中で、最も印象づける一対の宝玉のような深い深い青の瞳。一見、『冷たさ』を思わせるはずのそれに宿っていたのは、温かな感情。
 太陽の下でも、光一筋差しこまぬ森の奥でも、彼の美しさは変わらずにあった。
 綺麗、という言葉と表現は、彼のために神が用意したに違いないと思うほど。

 
 
 




 ――――なぜならね、



 目を細め、どこか遠くを見つめながら、それでも微笑って。
 彼は―――――






 カレンは、眉を寄せると心の奥底にある『箱』を閉じた。
 形ないもののはずなのに、パタリと蓋を閉じる音が聞こえたような気がした。
 彼の姿ごと、声と言葉が遠ざかって消えていく。
 眉にこめた力を緩めて前を見ると、遠くで光が瞬いた。
 行きたくて、行きたくない。矛盾する場所まで近付いていることを知る。
 カレンの夫であり、クラウスの父である彼がいる部屋。
 あの部屋には居場所などないけれど。
 『約束』をしたのだ。
 眠り続ける彼へ、一方的な。
 



「頭を上げなさい」
 頭を深く下げていたローブ姿の男に命じる。男は、音ひとつたてることなく命じられたままに頭を上げた。しかし、顔はフードの奥に隠されたままだ。
「何も変わりはありませんか?」
 立ち入りを許可している者の中には、『守人』と呼ばれるこの男も入っていた。
 様子を聞いたのは、『守人』が王たちの眠りを守る者として存在しているからだ。
 返事はすぐだった。
「いいえ」
 若いのかそれとも老いているのかわからぬ声で返される。
 王の眠る部屋へ続く道を清めることのできる唯一の者は、常に感情というものを見せない。
 扉に目をやれば、命じるよりも先に男が動く。
 扉の開け方は、彼女からすれば奇妙だった。手を押し当てただけで開くのだ。そして、どういう仕掛けになっているのかは知らないが、『守人』だけにしか開けられない。
 隙間から金色の細かな粒が零れ始めると、男に代わって扉に触れた手に力がこもった。

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