魔女、王宮へ 2




 高い城壁に囲まれた、シェルサード王国のロイデンフェリア宮殿は、首都のメインセリアの外れに位置している。白で統一された宮殿は、所々に円形のモチーフが取り入れられ、数ある国の宮殿や城の中でも5本の指に入るほど美しいと言われている。また、美しいと評されるのは宮殿だけではない。庭園も、シンプルながらよく手入れされていて、訪れる者の足を止めてしまう。
 白い円柱が立ち並ぶ回廊の奥の住人、カレン王妃もそのうちの一人だったが、今夜の彼女は花ではなく、遠くにある城門の方をずっと見つめていた。
「王妃様、そろそろお部屋の中へお戻りくださいませ。この寒さでは風邪をひかれてしまいます」
 寒さのためか、震えながら言ってくる侍女にカレン王妃は頷いてもう一度城門の方を見つめた。宮廷魔術師のひとりが城の外を出て行ってから、十分に寒さを感じるほどの時間はたっている。
 城門の方角に背を向けたところで、微かに馬が地面をける音が聞こえた。
「―――そうね。そろそろ入りましょうか」
 カレンは、にっこり微笑むとドレスの裾をひるがえし、侍女を促した。侍女は、ちらりと背後を見てからこっそり呟いた。
「大急ぎで準備しないと、だわ」
 彼女が仕えているもう一人の主がようやく帰ってきたのだ。宮殿中が――特にコックが――今か今かと待ちわびていた主が。



 カレンは、白百合の間――カレンが、家族だけで食事ができるように作らせた部屋である――の椅子に座っていた。少女時代から変わらない、ゆるく波打つ艶やかな金色の長い髪は、昼間こそ頭の上の方にきつくまとめられているものの、夜になれば彼女自身にほどかれて肩よりも少し長いぐらいの長さになる。同時に、ダイヤが散りばめられた王冠や真珠が連なった首飾り、幾重にもレースがあしらわれたドレスも脱ぎ捨てられ、クローゼットの中に朝まで収められるのだ。華やかなドレスが嫌いなわけではないが、今身につけているシンプルで軽い青色のドレスの方がほっとできるのは当然といえば当然のことだった。
 この部屋の中は、王宮の中にある他の部屋とくらべると非常にシンプルだった。壁に貼られているのは金箔がちりばめられた壁紙ではなく、アイボリーとオリーブのストライプ模様の壁紙で、天井からつるされているのは重たいシャンデリアではなくランプ型の照明。4人分の食事を置けばいっぱいになってしまうほどの大きさのテーブルは、王族が揃って食事をする長いテーブルとは違い、非常に質素なものだ。もちろん、カレンが座っている椅子もクッションがなければただの固い椅子である。しかし、このテーブルと椅子を白百合の間に置くことに決めたのはカレン自身だった。カレンは、職人が一つ一つ丁寧に削ったテーブルの角の丸みと椅子の肘かけ部分を好んでいた。
 テーブルの角に細い指を滑らせたところで、ドアをノックする音が部屋の中に響いた。
「どうぞ」
 ドアノブが回り、ドアが開く。
「遅くなりました」
 一礼し、部屋の中に入ってきた息子に、カレンは短く言った。
「座りなさい」
 向かい側の席に座ったローブ姿の息子を、カレンはドレスと同じ色の瞳で見つめる。父親譲りの銀髪の髪とサファイアの瞳。成長するにつれ、顔立ちも父親にどんどん似てきていた。同時に過去のことも思いだしそうになり、カレンはため息をついて目を閉じた。
「大丈夫ですか、母上」
 こちらを気遣うような言葉に、カレンは目を開けて首を横に振る。
「大丈夫ではありません。あなたの口から、人を気遣う言葉がでることが不思議です。その格好は何です?毎晩、こんな時間まで一体何をしているのです?」
「社会勉強です」
「酒を飲み、遊んでばかりいるのが社会勉強だというのですか?民の信頼なくして国を統治できると甘いことを考えているのではないでしょうね?あなたは王になる人間なのですよ?クラウス」
「ええ、わかっています。母上」
 目をそらすことなく、表情も変えることなく頷くクラウスのことが、カレンは理解できなかった。今のようなことをいうのは日常茶飯事であり、そのたびに真っ直ぐに見つめてきて頷くのに、同じことを繰り返す―――
「・・・食事はまだなのでしょう?」
「ええ」
 カレンは、手元のベルを鳴らした。
 ドアが開き、侍女たちが入ってくる。カレンはすでに他の王族や貴族たちとともに、夕食を取っていたが、クラウスに合わせて軽く食べられるものをとサンドイッチとコンソメスープを用意させていた。目の前に静かに置かれた二つの皿を見下ろし、クラウスにも一皿目が用意されたのを確認すると、食事を始めるように促した。



「そういえば」
 カレンは、口元をナプキンで拭いてから切りだした。
「まだ誕生式典用の服の採寸をしていないそうですね?」
 クラウスもすでに食事を終え、食後の紅茶に口をつけようとしていた。
「――ああ、そうでした」
 クラウスのサファイアの瞳がわずかに見開かれる。きょとん、としたような表情が一瞬だけ浮かんですぐに消える。
「明日必ず採寸をします」
 カレンは、微笑むと頷いた。
「ええ。それから、明日はどこにも外出しないようになさい」
「なぜです?」
「いい加減、やらねばならないことが山積みでしょう?そろそろ私の仕事にも支障が出るころです。それに、明日、あなたに仕える者が宮殿に来ます。顔合わせは早いほうがいいでしょう」
「召使いですか?」
 少しも興味がなさそうな声で聞いてきた息子に、
「宮廷魔術師よ」
 カレンは何気ない様子で返してから、手元のティーカップを引き寄せた。
「・・・・・宮廷魔術師、ですか」
 微妙に顔をしかめた息子に、カレンは「逃げることは許しませんよ」と付け足した。
 
 



back next title site top


Copyright Hoshiuta 2011-2012 Haruka Kisaragi all rights reserved


 
inserted by FC2 system